■遊女塚「宝篋印塔」(ゆうじょづか「ほうきょういんとう」)
南北朝時代の1337年に造られた高さ3メートルの石塔です。
旅人の無事や悪霊の流入を防ぐ願いの石塔と考えられていますが、垂水沖で溺死した京都の遊女を供養したとも伝えられています。
もともと海神社の西方、西国街道沿いに建てられていましたが、明治21年の鉄道開通時に今の場所に移されました。
県指定重要文化財です。

« ■松平日向守供養石碑(まつだいらひゅうがのかみくようせきひ) | 【TOPへ戻る】 | ■五色塚古墳(ごしきづかこふん) »
南北朝時代の1337年に造られた高さ3メートルの石塔です。
旅人の無事や悪霊の流入を防ぐ願いの石塔と考えられていますが、垂水沖で溺死した京都の遊女を供養したとも伝えられています。
もともと海神社の西方、西国街道沿いに建てられていましたが、明治21年の鉄道開通時に今の場所に移されました。
県指定重要文化財です。
