■松平日向守供養石碑(まつだいらひゅうがのかみくようせきひ)
江戸時代の初めに明石城主としてこの池を治めた松平信之公の供養碑で、垂水新田(今の霞ヶ丘あたり)の開墾を感謝して建立されたといいます。
かつての天王橋の一部と霞ヶ丘命名碑も同じ場所に移されています。

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江戸時代の初めに明石城主としてこの池を治めた松平信之公の供養碑で、垂水新田(今の霞ヶ丘あたり)の開墾を感謝して建立されたといいます。
かつての天王橋の一部と霞ヶ丘命名碑も同じ場所に移されています。
